2008/11/04(火)ベス単の写真

 前回登場の写真家・臼井薫氏は、アマチュア写真家の指導にも熱心でした。師事したお弟子さんは大勢います。

 記憶に残るのは、ベス単のレンズを使ったソフトフォーカスの写真を広めたことです。ベス単とは、単玉レンズのついたベスト判のカメラです。
 ベスト判は、ブローニーよりもひと回り小さいサイズのロールフィルムで、当時でも入手は不可能でした。カメラ(もちろん中古)からレンズだけ外して、一眼レフボディーに装着することで、豊富な種類の135サイズフィルムが利用できます。

 単玉のレンズは球面収差が強烈で、絞りが開放だとピントが甘い写真しか撮れません。そこに目をつけたわけです。
 「ベス単クラブ」というアマチュア写真家の会を作って、ソフトフォーカスの写真を奨励していました。「ベス単でなければダメ!」という会則です。

 先生自らベス単レンズを改造して、お弟子さんに売っていました。
 中間リングやフィルターの枠を使って改造します。フィルターの枠だけを何十個も注文したので、メーカーは怪訝な顔です。なかなか問屋からモノが届きません。顔見知りの営業マンに事情を説明してやると、「臼井先生じゃあしょうがないなぁ」とすぐに手配してくれました。

 皆がベス単カメラを買い求めたので、中古市場の価格が急騰しました。知り合いの中古屋は、「臼井先生が買い占めるから・・」とうれしい悲鳴です。
 なかには知らずに複玉のベスト判カメラを買ったひともいたようです。単玉でなければ、絞りを開放にしてもソフトフォーカスにはなりません。球面収差が補正されているからです。

 結婚式の写真でベス単レンズを使うことはないでしょうね。ソフトフォーカスの写真を撮りたいのなら、ソフトフィルターを使えばいいことです。タバコのセロファンでも代用できるし・・・
 どうしてもベス単のボケ味がいい!というなら、球面収差を利用したソフトフォーカスレンズがPENTAXから出ています。臼井先生の影響ですかね。

2008/11/03(月)モノクロ写真の印刷

 「酸化セリウム」の先生が撮影した狂言の写真集を見たあとで、手元にあるモノクロ印刷の写真集と比べてみました。
 印刷の仕上りが気になったからです。

 たまたま本棚にあったのは、臼井薫氏の写真集「アルセーヌ・ルパン」です。昭和60年の出版だから、多少の変色はありますが、当時のモノクロ作品の持ち味を最大限に再現しようと努力した跡が見てとれます。
 この先生は、モノクロプリントにうるさかったですからね。

 臼井薫氏は二科会会員で、いままでに何冊も写真集を出しています。記憶にあるのは、ほとんどがモノクロームです。
 第1作目の「海桐花(とべら)の樹の下」や「街道」など、何冊かあったはずですが、誰かに貸したままになっていて、手元には「ルパン」しか残っていません。

 このルパンのモデル役は、俳優の天知茂(故人)だったという噂を聞いたことがあります。実は、臼井薫氏は歳は離れていますが俳優・天知茂の実兄です。幼い弟を背中に負ぶって親代わりに面倒を見たとか・・・
 何カットかに起用したのかもしれませんが、写真集では、モデルは「杉山久晶君」となっています。肖像権などの問題で名前を伏せたんでしょうか?
 天知茂が亡くなったあとで、追悼の写真集を1999年に出しています。弟想いですね。

 ふたつの写真集を見比べていて、臼井先生の写真集からはアナログの銀塩写真の匂いが強烈にしてきます。その違いは粒状性の違いです。
 狂言の写真集も大半は銀塩フィルムによるものですが、デジタルデータに変換してから入稿しています。粒子が適度に整理されて、銀塩独特のランダムなザラつき感が薄くなっています。

 印刷技術のデジタル化で、モノクロームの世界も微妙に変わってきています。
 「無粒子」のデジタルに対比するアナログ写真は、いかに微粒子に現像するかではなくて、いかに粒状感を出すかが命題になるのかもしれません。
 1960年代後半の森山大道を思い出しますね。

2008/11/02(日)モノクロの写真集

 久しぶりに「酸化セリウム」の先生のところに行ったら、以前話題にした狂言師の写真集が仕上がっていました。
 すべてモノクロ写真で、90ページ近い立派な写真集です。

 もともとこの写真集は、狂言愛好家の会員に配布するためのもので、書店等では販売していません。非売品です。
 何度か撮影の手伝いをしたことがあったので、興味深く拝見させてもらいました。(ちゃんと入場料を払ったうえでのお手伝いですが・・)

 歌舞伎や演劇の舞台と違って、狂言の舞台は能楽堂です。
 あの独特の暗くて茶っぽい照明の下で、シャッターチャンスを逃がさずにきちんと写しているところは、さすがにプロですね。
 会場の最後尾にあるボックス席からの撮影だから、歌舞伎の花道から撮るような迫力はありませんが、かえってそれが品位の高い映像になりました。

 こういう特定の会員向けの写真集は、ただ写真を並べただけの記念アルバムになりがちです。
 余白や余黒を多用したバランスのよい構成は、アート感覚のある写真家ならではの発想でしょう。立派な作品集です。

 印刷屋とは刷り上りでひと悶着あったそうです。刷り直す前はこれよりかなり濃い印刷だったというから、不満足だったでしょうね。
 印刷屋は自分のミスを認めず、初刷りの分まで請求してきたとか。結局、狂言の会の役員達が自腹を切るハメになりました。印刷屋の重役がいくらメンバーだったとはいえ、組んだ相手が悪かったようです。

 流行りのブライダル写真集とはひと味違う、アート感覚の写真集でしたが、モノクロームの世界はやっぱりいいですね。
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