2008/10/04(土)アナログの合成写真
アナログの合成写真は、作品志向のものだけではありません。一般の写真店でも頻繁に行なわれていました。
建築土木写真で、黒板の字を直すといった「非合法」的な合成写真は、昔からありました。現場の担当者が「うっかり間違えて」記入した日付や場所を書き直す作業です。
すでに工事が進んでいる場合には、元に戻して撮り直すことはできません。黒板の字を書き換えるだけで済めば、大幅に経費を削減できます。
こういう合成は、後から撮り直した黒板を元の写真に貼りつけて複写するという原始的な方法が用いられました。アナログですからね。
工事写真に強い写真店には、取引先の建設会社から預かった黒板が、置きっぱなしになっていることもあったようです。
それだけ頻繁に「うっかり間違えた!」ということですかね。
公共工事の記録写真には、原板のベタ焼きも必要でした。前後の写真も複写して、6コマ分のフィルム原板を作ればいいわけですが、コマナンバーまできっちり合わせるのは至難の技です。
ベタ焼きはコマが小さいから、黒板の字まで判読できません。E判の写真だけすげ替えて済ますことが多かったみたいです。
デジタル時代になって、黒板の字を直すのは簡単になりました。その代わり、粗雑な素人仕事が増えました。
役所から「われわれにも立場というものがある」とお叱りを受けた、なんて話も耳にします。もっと腕のいい業者に頼め!ということですかね。
2008/10/03(金)緑川流の合成写真
超望遠レンズで大きく拡大した太陽の中に、雁が並んで飛んでいる写真は、どう見てもシャッターチャンスに恵まれた自然な描写です。
ところが、作者が緑川氏となると、知っているひとは本物の場面を撮ったとは思いません。何か「細工」をしているはずだと、疑ってかかります。案の定、合成写真でした。
太陽の中を飛んでいる鳥は、実はリスフィルムに焼き付けたものです。
まず、透明な背景に黒い鳥が数羽飛んでいるリスフィルムを作ります。次にそのリスフィルムを未露光のフィルムの前にセットします。望遠レンズで太陽を撮影すれば、鳥の部分がシルエットになって写ります。
この合成は、暗室作業でもできそうに思いますが、実際にはうまくいきません。鳥の輪郭がくっきり出て、いかにも合成写真という結果になります。
緑川氏が、実物の太陽と合成したのは、鳥の輪郭にこだわったからです。強い光の太陽の前にリスフィルムを置くことで、光の回り込みが起きます。本当に太陽の前を鳥が飛んでいるような、光でにじんだ輪郭になることを狙ったわけです。
現在では、こうした合成はコンピュータを使って、比較的簡単にできます。絵心は要りますが、太陽を使って合成するほどの手間はかかりません。
アナログ写真の時代に、フィルムを使って行なったから価値があるわけです。
当時は、建物の前の電線を1本消すのに、数十万円掛かりました。アナログの合成写真も、デジタルの合成写真も、いまよりもうんと価値があった時代の話です。
2008/10/02(木)緑川流テクニック
「創作」と呼ぶのにふさわしい科学的なテクニックに長けた写真家でした。
写真家仲間の林忠彦氏と植田正治氏には、お会いしたことがありますが、緑川洋一氏にはとうとう会う機会がないまま2001年に他界されました。
理系らしく、光学理論に裏打ちされた写真のテクニックは、大変参考になりました。作品自体も素晴らしいものです。
有名なのは、RGBの原色フィルターを使った多重露光の写真です。こよなく愛した瀬戸内海を独自のイメージで表現しました。いわゆる三色分解の技法です。
きらきら輝く瀬戸内の海を赤・緑・青の三色にわけて多重露光すると、光が重なったところは白く輝き、重ならないところはそれぞれの色で発色します。
シルエットの灯台は動かないので、そのままシルエットとして写ります。七色に輝く海とのコントラストが実にシュールできれいでした。
三色分解には、通常バンドパス(BP)フィルターを使います。理屈の上では、RGBの三色を均等に多重露光すれば、静止した部分は普通の発色になるはずです。
でも、実際にはそうはなりません。必ず色が偏ります。緑川氏は、その点も熟知したうえで撮影していたと推察します。苦労話には、その辺のところは出ていなかったから、単にテクニックだけ真似して撮っても一緒にはなりません。
林忠彦氏は、「緑川はすぐに小細工を・・」と茶化していましたが、内心ではその科学的なテクニックに一目置いていたんだと思います。